
先日、娘と一緒に映画『平行と垂直』を観てきました。『平行と垂直』は、自閉スペクトラム症の兄と、結婚を控えた妹が、人生の節目に自分たちの“これから”を見つめ直す物語です。
娘は、主人公と同じように障がいのある兄弟をもつ「きょうだい児」です。
観終わったあと、娘にどんなふうに感じたのか聞いてみたくなり、いくつか質問をしてみました。今日はそのときの娘の言葉と、そこから広がった家族の時間のことを書き残したいと思います。
※映画のネタバレを含みます。
面白いというより、考えさせられる映画

映画を見た率直な感想を尋ねると、娘はこう言いました。
「面白いというより、考えさせられる映画だった。障がいのあるお兄ちゃんが誤解されてしまうシーンがあって、状況的に仕方がないことかもしれないけれど、すごく悔しかった。」
そして、心に残ったシーンは?と聞くと、呼び出されたきょうだい児の主人公が、障がいのある兄を迎えに行く場面でした。
「兄がその場から動こうとしないシーン。そこできょうだい児の主人公が思いを爆発させるところがあって、思わず泣いてしまった。」
と話してくれました。また、映画の中で、兄に対して「お荷物」と言われたことに対して主人公が怒るシーンがあるのですがそのあとの場面。
「きょうだい児の主人公本人が、自分が一番『お荷物だ』と思っていたことに気づくシーンがあって、それがとても心に残った。」
と語ってくれました。
もしお友達にこの映画をすすめるとしたら?と聞くと、「こういう人もいるって、知ってほしい。」と答えてくれました。
自分の弟と重ねて、そして「大親友」

主人公と自分自身を重ね合わせる部分はあった?と聞いてみると、娘の答えは少し意外なものでした。
「ほとんどなかった。障がいの程度や特性も自分の弟とは違うから、自分に重なるところはあまりなくて、『弟とは違うな』と客観的に見ていた。
自分と考え方も違っているなと。今、自分にとって障がいのある弟は『大親友』だと思ってるから。」
そう答える娘の姿に、少し胸が熱くなりました。特性や形は違えど、それぞれの兄弟との関係性があるのだなと感じさせられます。
もし映画の中の主人公に声をかけられるとしたら何て言う?という質問には、
「大変ですよね。私も仲間です。がんばりましょう。」
その言葉には、きょうだい児としての共感と、静かな連帯感が込められているように感じました。
結婚や将来のこと、これからの自分

一方で、この映画をきっかけに、自分の将来について考えたこともあったようです。
「きょうだい児の結婚について描かれている部分があって、もし自分がその立場だったら、兄弟の障がいのことを理解してくれない相手や家族だったら、自分としては論外だと思ってる。でも、今まで自分が大人になった時や結婚する時のことなんて考えたことがなかったから、大変なことなんだなと、考えるきっかけになった。」
「きょうだい児として、障がいのあるお兄ちゃんを気にかける主人公の姿を見て、自分もいずれこうなるんだなと、少し複雑な気持ちにもなった。」
障がいのある子を持つ親として、ハッとさせられる言葉でした。
そして、娘はこの映画についてすべての「きょうだい児」に向けて、
「きょうだいの障がい種別や特性は違っても、この映画を観たら何かしら感じるところはあると思う。」
と話していました。
映画のあとに、家族で話したこと

この映画を観たあと、私と主人、そして娘の3人で、将来のことについて少し踏み込んで話し合う時間を持ちました。障がいのある息子のこれからの進学のこと、グループホームや施設入所のこと、娘の将来のこと、そして「親亡きあと」のこと。今まであまり正面切って話せなかった話題について、みんなで言葉を交わしました。その中で娘から言われたのは、
「ASDやADHD、その他の障がいのことについて、知らないことをもっと教えてほしい。」
家族に障がいのある子がいるという状況が当たり前だったので、今まではあまり気にしてこなかったようですが、この障がいはどのような特性のある障がいなのか、きちんと知りたいという思いに至ったようです。
それぞれの障がいの特性、他にもどのような障がいがあるのか、どのような困り事があるのかなどについて娘に伝え、話し合いました。
映画をきっかけに始まった、家族の未来についての対話。答えがすぐに出ることばかりではないけれど、これからも折を見て、こんなふうに家族で話をしていけたらと思っています。
世の中にはたくさんの「きょうだい児」がいて、さまざまな関係のきょうだいがいます。それぞれの葛藤や思いを抱えながら生きる子どもたちに寄り添いながら、一緒に歩んでいきたいと改めて感じた一日でした。
written by なつめ


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